合同会社LEPONT代表社員をはじめ、株式会社ARILA、株式会社Diafa、株式会社Nearsideなど複数の企業で役員を務める若きエンジェル投資家、近藤立基氏。彼はもともと高校時代からインフルエンサー活動を始め、大学在学中に役員就任。さらに20歳で起業し、SDGsに貢献するパイナップルレザー素材の事業やライブ配信事業を立ち上げ、事業売却も経験してきたという華々しい実績の持ち主だ。
なぜ近藤氏は、学生起業を志したのか。その背景には、「どの会社に入るか」で人の価値が決まりがちな日本の就職活動に対する抵抗と、「一番になりたい」という素直な野心があったという。近藤氏は、過去の歩みを振り返って次のように語った。
「チャンスが来たら、リスクを考えすぎずに、まず飛び込んでみる。事業の立ち上げには当然、困難も伴いますが、その姿勢を貫いてきたからこそ、今の自分があると思います」
数々の困難を越えて、近藤氏が2026年時点でもっとも力を入れているのは「成果報酬型で顧客に伴走する広告事業」だ。広告業界の”当たり前”を変える取り組みに挑む近藤氏の思いと将来への展望を伺った。

目次
――最初に事業を始めようと思ったきっかけを教えてください。
私のビジネスの始まりは、高校生の頃でした。もともとファッションが好きだったので、自分の好きな服を発信したいという思いから、古着のインフルエンサー活動をしていました。当時は正直なところ、個人の満足を満たす意味合いが強く、活動を通じて何かを変えていこうといった情熱は特にありませんでした。
そんな私の思いが変わったのは、同志社大学に入ってからです。交友関係が広がり、経営者の方々との出会いも増えたことで「社会にインパクトを与えられるようになりたい」という思いが自然と芽生えてきました。
インフルエンサー活動の経験を活かして、ある人材会社のSNSマーケティングを請け負うことになり、その後、縁あって富裕層向けの旅行会社の役員に就任してからは、人の繋がりがさらに拡大しました。人生のメンターというべき人に出会えたのもその頃です。彼の言葉があったからこそ、20歳で起業に踏み切ることができました。
──20歳で起業された背景には、メンターの影響があったのですね。当時の経緯をより詳しく教えてください。
その方は当時、数百人規模の旅行会社を経営されていて、個人的に親しくさせてもらっていました。毎週のように酒を飲み交わす中で、ふと彼にこう言われたのです。
「役員では一番になれないよ。代表をやった方がいい」
もともと大学の同期たちが就活を始める中、自分の価値が所属する会社で決まってしまうことに強い違和感を感じていた私は、彼の言葉にハッとしました。誰かが作った基準に自分を合わせるのではなく、新たな市場を自ら作っていくほうがいい。そう思ったのです。
そうして、彼と話した日から即座に動き始め、その週には会社を設立しました。立ち上げ時点では事業内容が明確に固まっていたわけではありませんが、スピードを優先しました。

──事業内容が固まりきらない段階でも、スピード感を持って起業に踏み切れたのはなぜなのでしょうか。
後の新規事業立ち上げ全てに通じる部分なのですが
この思考プロセスを徹底してきたからだと思います。最初に立ち上げたパイナップルレザー事業にしてもそうです。コロナ禍によって閉塞感が強まる中で「世界に何かインパクトを与えられる事業をしたい」と考えて始めた事業ですが、開始前からある程度の勝算は見込んでいました。
パイナップルの廃棄部分からレザー素材を作る技術は、その頃まだ日本では導入されていなかったものの、北欧では既にビジネスとして注目され始めていました。かつ、SDGsが脚光を浴びていたタイミングだったので、動物愛護や食品ロスの観点からもインパクトがあり、時代にもマッチすると考えました。
結果的に、想定以上に面白い展開をつくり出すことができ、H&Mやシャネルといったブランドにも採用いただきました。今振り返ってみると、着眼点がよかったのだろうと思います。
ビジネス的に勝算があることはもちろんですが、自分も相手も「面白い!」とワクワク出来る事業かどうかというのは、私にとって大切なことです。パイナップルレザー事業の後、ライブ配信事業を立ち上げましたし、現在も広告事業など複数事業を並行して走らせていますが、どれも寝る間も惜しいほどワクワクする事業ばかりです。私が「面白い」と思えて、かつお客様にも喜んでいただけるという確信があるからこそ、全力で挑めるのだと思います。

──これまでの歩みを振り返って、最も大変だった時期はいつ頃でしょうか。
過去に経験してきたどの事業でも、大変な時期は必ずありました。予定していたテレビとのタイアップ企画が直前で白紙になったり、主要提携先との契約が急に解消されたり、所属ライバーを突然引き抜かれたりと、語りだせばきりがないほどです。
売上金の回収にトラブルがあり、資金繰りに悩んだ時期もありました。「このまま資金が尽きたら、社員に給料を払えないかもしれない」そんな恐怖に向き合いながら動き続けていた時期は、体力的にも精神的にも厳しかったです。
それでも、一度決めたことは、やり抜くと決めていました。新事業に挑む時点で、リスクの想定は済ませていますし、責任を負う覚悟は決めています。だから、どんな困難があったとしても、まずは全力でやり切る。そして上手くいかないことは改善し、どうしても難しければ撤退する。それだけだと思います。
もちろん、私一人では出来ないことはたくさんあります。人間だれしも弱みがありますし、私自身、エクセル計算のような細かい作業は得意ではありません。だからこそ、チームで勝つ設計が大切だと考えています。何か問題ごとが起きた時、経営者の対応としては「詰めるタイプ」と「伴走するタイプ」に分かれるように思いますが、私は後者です。
たとえば、もし仕事を任せていたスタッフが何らかの理由で期日に間に合わないというトラブルがあったとします。そこで怒って終わらせるのではなく「何が問題になっているのか」をまずきちんと聞く。そして、ボトルネックがわかれば、メンバーの体制や作業の分担を見直し、仕組みとして問題の解消を図る。そういった向き合い方を心がけています。
行動量が多ければ、その分失敗も多くなります。私も昔、仕事関係のDMを大量に送り続けた結果、アカウントがBANされたことがあります。でも失敗を責めるのではなく、まずはスピードを持って、主体的に行動する。そして、失敗から学び、改善を重ねながら、成長していく姿勢を今後も大切にしていきたいですね。

──現在注力されている事業の1つが、広告事業だと伺っています。業界の当たり前を覆す取り組みとのことですが、詳細を教えていただけますか。
私が代表を務める合同会社LEPONTでは、事業の1つとして、完全成果報酬型で採用媒体や広告の運用を行っています。広告代理店は、一般的に、成果に関係なく固定費を受け取る仕組みです。
広告の反応がなくても、代理店は傷つかない。そういった顧客の負荷が大きい広告代理店業界の構造に、私はずっと違和感がありました。顧客と本当の意味で伴走するためには、「成果が出なければ私たちも痛みを負う」という覚悟が必要だと私は考えます。その緊張感を持って仕事に取り組むからこそ、顧客との間に信頼が育まれると思うのです。
「いくら使えば、いくら返ってくるかわからない状態で広告費を払う」という顧客のリスクを減らしたい。顧客に本気で寄り添える構造にしていきたい。そんな思いで事業を展開しています。おかげさまで顧客からの反応も良く、単価を上げてでもより多く人材を獲得できるように運用してほしいといったご要望もよく頂きます。
──今後の展望についてお聞かせください。
当社のサービスを通じて、さまざまな会社の認知や売上が上がり、結果として日本の市場が活性化していけばうれしいですね。広告代理店業界に関しても、成果報酬型で自信を持って勝負できる会社が増えれば、多くの企業がより安心して挑戦できる環境が広がるのではないかと思います。そのためにも、まずは自社がロールモデルになれるように、事業の成長によりコミットしていきたいと思います。
──最後に読者へのメッセージをお願いします。
この記事を読んでいる方の中には、挑戦を迷っている方もいるかもしれません。私からは、ぜひ「チャンスがあれば飛び込んでほしい」と伝えたいです。挑戦には必ず、不安が伴います。それでも、一歩踏み出した人にしか見えない景色が必ずあります。
挑戦する方々がより安心して前に進んでいけるように、当社もお客様に寄り添いながら、成果報酬型の広告事業をさらに成長させていきます。選んだ道を正解にしていけるように、当社がお役に立てることがあれば、ぜひ一緒に伴走できたらうれしいです。
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近藤 立基
合同会社LEPONT代表取締役。
HP: https://chokudori.com
学生時代に古着インフルエンサーとしてキャリアを始動。日本の画一的な就職活動に違和感を抱き、「自ら市場を創る」決意で20歳で起業した。SDGsに寄与するパイナップルレザー事業やライブ配信事業の売却を経て、現在は合同会社LEPONT代表をはじめ複数社の役員を務める。「顧客のリスクを最小化する」ことを信念に、広告業界の常識を覆す完全成果報酬型の運用支援を展開。自身の原体験に基づき、挑戦者が報われる仕組みづくりに尽力している。近年はエンジェル投資家やメディア出演など、次世代を担う若手経営者として多方面で注目を集める。
近藤社長は、20歳での起業以来、既存の枠組みに縛られず「自らの手で市場を創る」ことを体現し続けてきた、稀有な行動力を持つ経営者です。その根底には、画一的な価値観で人を測る社会への違和感と、「一番でありたい」という純粋な野心が共存しています。世界的なブランドに採用されたパイナップルレザー事業など、数々の事業を成功に導いてきた背景には、徹底したリスク管理と、困難さえも「ワクワク」へと変換する強靭な精神力があります。
「成果が出なければ自らも痛みを負う」という覚悟を持って挑む完全成果報酬型の広告事業は、不透明な業界構造に対する彼なりの誠実な回答です。失敗を恐れず、常にスピード感を持って伴走するその姿勢は、変化の激しい現代において、共に高みを目指すべき次世代のリーダーとして深い信頼を勝ち得ています。